Coaching to the Top | LIBRARY | 東北大学漕艇部

マーチン・マッケロイが英国の国際コーチングスタッフに加わり、新しい選手を発掘するハイパフォーマンスコーチになったのは1997年のことでした.それ以来、男子ナショナルエイトのコーチングとともにU23プログラムをリードしてきました.GBR男子エイトを1998年の世界選手権7位からシドニーオリンピックでの金メダルに導いたコーチへのインタビューです.

World Rowing (WR): エイトのコーチを始めたときに第一に何を目標にしたのですか.変えなくてはならなかったのは何だったんですか.

Martin McElroy (MM): わたしはそれ以前にはシニアの国際クラスのコーチに関わったことがありませんでした.私には1996年のNations Cupで勝ったなしフォアのクルーがありますが、彼らがシニアレベルで勝てない理由はなかったと思っています.大学ボートレースやヘッドレースのようなエイトのレースを催している国としては、80年代や90年代我々ののナショナルエイトの実力はおかしなものだったのです.エイトは多くは小艇への通過点としてみられていました.私が優先したことのひとつはまずエイトをひとつの種目として確立することだったのです.私は選手達にエイトがずっとやる種目であると考えるようにいいました.結局、我々が過去にそうであった頃から80年以上たっていたのです.それは大きな山へ登るようなものだったのですが、山へ登るチームの一員であることがどのようなものか想像してみてください.

WR: 4年間の計画として何を心に描いていましたか.

MM: 1回に1ステップです.ハイパフォーマンスに必要なものを挙げてひとつひとつ積み上げていったのです.前回のオリンピックでオランダエイトがこのことを教えてくれました.彼らは確信をもってトップへ上り詰めたのです.すべてのコンポーネントをピックアップするのに97年と98年を費やしました.最初から正しくこれらのコンポーネントを見つけだすことなどそんなに簡単なことではありません.これまでずっと自分を鍛えようとしてやってきたことを考えてみてください.わたしも間違っていたのです.しかし、最善の習得法のいくつかは間違いから学ぶのです.それが間違いだと気づけばそれを学んで生き残っていけるのです.

WR: ハリー・マホンとはどのように役割分担をしていたのですか.

MM: 90年代初頭からケンブリッジ大学は大学ボートレースを席巻していました.彼らの成功の鍵のひとつはクルーを育てるチームコーチングというアプローチだったのです.確かにすべてに責任を持ち取り組んでいる人間がひとりいなければなりませんが、その人がすべてをこなせるわけではないのです.クラブレベルでも私はロンドンのインペリアルカレッジでビル・メイソンとチームを組んでやっていました.国際クラスのパフォーマンスにとって必要なすべてのコンポーネントを本当に理解するのに最初の2年間?97年と98年?を費やしました.そして、わたしはすべてにおいてエキスパートである必要がないことがわかったのです.ハリーは英国でナショナルコーチをやっていて私たちはある期間一緒に働いたのです.わたしたちはお互いに補いあってうまくやっていけることに気づきました.ハリーはいかに漕ぐかという問題に重みを加える役でした.生理学がエンジンであるならテクニックはギアボックスです.世界でもっともいいエンジンを持っていたとしても、ギアボックスがなければどこにも行けないのです.われわれ二人の間では絶対この法則は変えませんでした.冬の間ハリーはずっとではありませんがわれわれと一緒に仕事をしました.春には彼はもっと関わるようになり、とくにトレーニングキャンプではわれわれ二人から逃げ場はなかったのです.

チームアプローチの重要性を認識すればするほどパフォーマンスを改善するチャンスがみえてきました.関わっていたのはハリーだけではないのです.われわれは手に入れられる専門的知識のすべてを活用しました.それが生理学的なものであれ、テクニカルなものであれ、心理学的なものであれ、それが役に立ちそうであれば十分に考えて採用したのです.私は毎日そのようなグループを動かして、いろいろな人からとても沢山のバックアップをいただきました.

WR: ハリーはエイトのパフォーマンスを上げるのに何か特別なことをしたのですか.

MM: ハリーの強みはローイングをシンプルにすることなのです.シドニーではローイングを単純化することがポイントでした.固執すべき複雑なローイングモデルを持たなくても、やるべきことがたくさんありました.ハリーのアプローチは、“いつも忘れるな“というものです.扱うべきテクニカルな問題の多くはコーチ達によって示されてきました.沢山の方法でわれわれコーチは従来多くの時間を費やして、わざわざ複雑にしてこれらを正しいものとしてきたのです.ハリーやほかの人々と一緒に仕事をすることにより問題を解決するための舵取りや投げ出してしまいそうな挑戦ができるようになりました.

WR: コックスの交替(1999)はどんな影響があったのでしょうか.

MM: われわれには客観的にコックスを選ぶためにセレクションをしています.最初に面接した後にコックスはクルーと一緒にレースをするチャンスが与えられます.クルーはコックスを20項目にわたって点数をつけるのです.実際、クルーがコックスを選ぶのですが、単なる相棒として選ぶのではなく、クルーにとってのベストコックスを選ぶのです.1999年にはクリスチャンコーマックとローリーダグラスがテストされました.かれらはともに非常にコンペティティブな候補でしたが、ローリーはやや劣っていました.クリスチャンは軽量級エイトで2度銀メダルをとりましたが、また次もやってくれると思います.

WR: 選手に教え込もうとしている最も重要なものはなんですか.

MM: これが大事なポイントだよとはなかなかいえないものです.私は選手に経験をエンジョイして欲しいと思っていますし、可能であったすべてのことを達成したことを知って欲しいと思っています.つまらない言い方かもしれませんが、可能な限りベストを尽くして欲しいと思いますし、これまでの過程の中でかれらと他の人々について何かを学び取ったと思います.また、彼らが競った相手を尊敬することも大事と思います.私は傲慢さに対しては我慢がならないのです.他の人々の努力には想像もできませんが、私はいつも人はベストを尽くしているという仮定にのっとってスタートしています.誰も答えはできません、コーチですらできないのです

スポーツは人生の最良のモデルであると思っています.これを確かめるには私が一緒に仕事をした選手が20年という時間がたって他のことをしているのをみればわかると思います.彼らが学んだことやつらいことのいくつかを貴重なこととして憶えていれば、私は役に立つことができたと感じることでしょう.

WR: コロンでの7位からセントキャサリンでの2位、そしてことしのオリンピックでの金メダルをもたらしたコーチングの中でなにが違っているのでしょうか.

MM: コロンでの経験はとてもエンジョイできるものではありませんでした.そのときのことはよく憶えています.選手ががっかりしたものもよく憶えています.この経験は私にとってとてもつらい教訓でした.近道はないのです.われわれがタフであればあるほど、人生はもっと楽になるでしょう.この経験からわれわれは選手、コーチ、サポートスタッフのすべてひっくるめたチームとして、すべてを解析にかけました.そのあとでわれわれはゼロから再びスタートしたのです.わたしは物事を誤ってとらえたくないのです.もしそうなれば、私は何故なのか知ろうとして訂正しようとするでしょう.人の非難には興味はありません.私が興味があるのはパフォーマンスです.

WR: Tim Fosterを加えたことがこの大きな飛躍につながった理由のひとつでしょうか.

MM: Timを入れたことでエイトがエイトらしくなる最後の仕上げになりました.とくに若手には大きな助けになりました.体力的にはあまり助けにはなりませんでしたが、自信を植え付けることにはなりました.多くの経験をもとにフィードバックしてくれる人がクルーの中にいてくれたためにクルーの外のわれわれも助かりました.最初はティムはエイトにのりたくはなかったのです.彼の希望をかなえられるだけのコンペティティブな力はないと判断していたのです.もちろんこれはわれわれがうち破らねばならない悪循環だったのです.若手には選択肢はなくこれが彼らの唯一のチャンスだったのです.一旦、ティムがクルーの中で彼自身の居場所を見いだすや彼は再び進化を始めました.セントキャサリンへ行く頃までにはティムはすっかりとけ込んで、全体のプロジェクトの中で大きなステップを踏み出すことになったのです.

WR: セレクションとポジションの決定はどのようにしたのですか.

MM: セレクションは英国のチーフコーチのユルゲン・グロブラーのセッティングです.他の国の方法とそれほど違わないものです.小艇での長距離トライアル、エルゴ、とシートレースです.全体の方式としては極めて客観的です.シート決めはもっと困難な作業でした.冬を通して選手について沢山のことを知りました.いろいろな艇種でのパフォーマンスを知ることは、最後にそれがどのようにフィットするか絵を描くようなものです.シーズンの最初には可能性を探りいろいろな組合せでレースをして最後に決定を下します.

WR: メンタルトレーニングと身体トレーニングとのバランスはどうですか.

MM: これまで私がいったことから読者の皆さんは私がメンタルな面を重視していると思うでしょうね.テクニックと生理学について最初に述べたように心理学はそれらと併存して混じり合って存在するものです.われわれのプログラムの心理学的戦略はシドニーでピークに達しました.シドニーでのわれわれの作業の90%は心理面に焦点を当てていたといってもいいでしょう.選手達は肉体的にはフィットし十分に速く漕ぐことができました.最後はオリンピックの雰囲気に呑まれないこととやるべきことをメンタルに決定することでした.必要であればやらねばならないのです.選手達は、メンタルな面でいえば今まで経験したことのない領域へ脚を踏み込まなければならなかったのです.彼らには用意ができていました.それはレースですぐに明らかとなりました.クルーの多くはかれらがフィニッシュラインを越えたときに勝ったことを知らなかったのです.ここが焦点です.コーチはいつもメンタルスキルを実践し吹き込もうとする機会を探しています.トレーニングにはそのような機会がありますが、それは慎重に準備しなくてはならないしさもないと最善の結果が得られません.シドニー ではレース前にある感覚がありました.あるレースではすべてがOKとはいえない状態でした.しかし、シドニーでは角度を正しくあわせなければならないような神経質な状態でした.艇も、肉体も、心もレディーの状態でした.

WR:英国ナショナルエイトの今後の計画はなんですか.

MM: シドニーでの英国エイトはそれで終わりです.ちょうど1999年の世界選手権の英国エイトが2000年のエイトと同じでないのとおなじです.毎年毎年が新しい年と思わなければなりません.確かに一人一人は同じ人間です.しかし、一年毎に年はとりますし賢くなっていくのです.私としてはレベルゼロに戻っています.2001年のクルーはまた新しいクルーになるでしょう.英国がシドニーでエイトを制したということはいまや歴史にすぎません.それは未来に何の意味も持たないのです.山は再び登山の途中です.他の人々がやろうとすれば、可能なのです.

[訳: 舟山裕士, A Interview with Martin McElroy in World Rowing, Winter Issue, 2000]